ようこそ善行寺 春季彼岸会にお参りいただきました。
お聞き及びのこととは思いますが、あらためて「彼岸」とは春秋の季節を表す言葉ではなく、「お浄土」を表す仏教用語です。私たちの住む世界「此岸」から、阿弥陀さまの極楽浄土「彼岸」へ到る道を仏さまの教えの中に聴聞し尋ねていくことを大切にしてきました。
先日、入仏法要のご縁があり、相当な金仏壇をお迎えになられました。入仏法要とは、お仏壇に新しくご本尊(阿弥陀さま)をお迎えする慶びのご法要です。 新しくお仏壇に仏さまをお迎えして、仏縁を繋がせていただいたことを喜び、家族が揃ってお参りするお祝いの法要でもあります。
その入仏法要の表白(法要の主旨を表す言葉書き)の一部に
「阿弥陀さまは万人の救い主となって 今 私どもの前に お立ちになっております まさに立ちながら撮りて浄土へ迎えゆく大悲のあらわれであり 万人の苦悩を除き給う慈愛のしるしであります 本日ここにお迎えした 阿弥陀如来のお姿は 大悲を持って空中に住立された住立空中尊をかたどり 摂取して捨てずと誓われた本願のままに 念仏の衆生をお救いくださる姿であります」とあります。
今、私たちの前にいるお立ちの阿弥陀さまは苦悩の中に生きている私を救わずにおれないという姿であります。そして一度そのお救いのみ手のなかに摂められた者は、決して阿弥陀さまの救いから漏れることはないと誓われた仏様です。ご安置されたお仏壇は、家庭の中心となり私の心のより所となるのです。
どうでしょうか。彼岸への道を尋ねるとはまさに、阿弥陀様の「我に任せよ。かならずすくう。浄土へ仏さまとして生まれさせる」と名号 南無阿弥陀仏となって今、私のいのちの上に至り届いてくださっている阿弥陀さまの喚び声を信じ聞かせていただくばかりなのです。
余談ですが、キリスト教徒の友人が「日本の仏教徒は幸せだね。家庭にお仏壇があるということは、毎日ミサが出来るなんて素晴らしい」と、おっしゃっていました。当たり前のようにお仏壇が何か特別なものに感じた瞬間でもありました。南無阿弥陀仏とお念仏申し「おかげさまでした。有り難うございます」と感謝申し上げる場が家庭にあると言うことは本当に有難く素晴らしいことだと思います。
どうぞ、お彼岸は亡き方を偲びつつ、私のいのちがどのようになっていくのかを仏さまの教えの中に訪ね聴聞していく仏教強化週間です。本日はようこそお参りくださいました。 合掌